787 Dreamliner Family flying together in a clear blue sky. 787 Dreamliner Family 787 Dreamliner family
787 Dreamliner family

日本と取り組む研究開発

日本企業はその技術力と高い信頼性により、ボーイングの航空機の生産に大きく貢献しています。国内に200社近いサプライヤーが存在し、国内メーカーの生産分担比率は767型機で16%、777型機では21%にのぼり、三菱重工、川崎重工、SUBARUの3社は787ドリームライナー主翼をはじめとする機体の35%を開発・製造しています。同型機ではまた、東レが主要構造部分の炭素繊維複合材料をボーイングと共同開発し、ブリヂストンがタイヤを提供、ジャムコがラバトリーやギャレー、さらにフライトデッキのインテリアとドア、そしてバルクヘッドの生産を担当しています。

ボーイングにとって日本は、製造分野での米国外最大級の拠点であり、その関係は単なるパートナーの域を超えるほど強固なものにまで発展しています。

名古屋地域で製造された787型機用の大型部品は、名古屋セントレア空港からボーイングの貨物専用機ドリームリフターに搭載され、アメリカの工場まで運ばれます。

ボーイングは、日本政府や国内サプライヤーと連携して、将来に向けた技術および製造能力の強化に取り組んでいます。

787 QAN #615_Dreamlifter Parts Unloading_Wings

日本の宇宙開発・防衛産業との関わり

日本の防衛と宇宙開発に貢献することは、ボーイングの事業において重要な位置を占めています。日本は戦後の復興期以来、防衛力を整備するとともに、衛星打ち上げなどの宇宙開発も進めてきました。

防衛分野でのライセンス生産の長い歴史を有しており、次の内容が含まれます。

  • 1950年代:三菱重工が当時ノースアメリカン・アビエイション社(現ボーイング社)製F- 86 セイバージェット戦闘機のライセンス生産開始、300機以上を納品
  • 1960年代:川崎重工がボーイング・バートル107型輸送・救難ヘリコプターのライセンス生産開始、約160機を生産
  • 1960年代:三菱重工がF- 4 ファントム戦闘機のライセンス生産開始、138機を生産
  • 1970年代:防衛庁がF-15J/DJ 戦闘機を採用。1981年に三菱重工がライセンス生産開始、213機を生産
  • 1980年代:川崎重工がCH- 47 チヌークヘリコプターのライセンス生産開始、115機を生産
  • 2000年代:富士重工(現SUBARU)がAH- 64D アパッチ・ロングボウ戦闘ヘリコプターのライセンス生産開始、16機を生産

また、日本政府は、1992年より政府専用機としてボーイング機を導入。航空自衛隊が運用し、要人や緊急時における在外邦人などの輸送、国際平和協力活動などに役立てています。現在はボーイング777-300ER型機が政府専用機として活躍しています。こうした形で日本の政府と国民の皆様を支援できることは、ボーイングにとって大変名誉なことです。

宇宙分野においては、復興と高度経済成長の象徴となった1964年(昭和39年)の東京オリンピックでは、世界で初めて競技が生中継されました。その映像信号の伝達に用いられたのは、ボーイングの前身企業の一つヒューズが開発・製造した静止衛星(シンコム3号)でした。

後に開花する防衛・宇宙産業での日本とのパートナーシップの基礎となった協力体制は、2019年に締結した宇宙航空研究開発機構(JAXA)との航空分野における協力において戦略的に研究協力を進めていくことを確認し、今日のJAXAとの良好な関係に至るまで脈々と受け継がれています。